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巣鴨にたたずむ素朴な、素朴なハルビン料理「1833」 - ライブドアニュース - livedoor

「ガチ中華」とは、誰が付けたかうまいネーミングで、「ガチンコ中華」の略。すなわち本場・中国の味をそのまま日本に持ち込んだ中華料理店のことだ。中国ウォッチャーの近藤大介が紹介する連載の第17回は、素朴な素朴なハルビン料理――。

聖書のように置かれたハルビンの古本

東京のJR山手線・巣鴨駅の周辺には、スターバックスがない。隣駅の大塚駅周辺に2店舗あるのとは対照的だ。

巣鴨駅周辺でよく知られているのは、山手線の外側に広がる「とげぬき通り」だ。通称、「高齢者の原宿」。特に「4の市」が立つ日には、お年寄りたちで賑わい、就任前の岸田文雄首相も視察にやって来た。

ところが、山手線の内側となると、ただ昔ながらの平板な街並みが連なっている。3月の昼時に、そんな小道を歩いていたら、一角に、ポツネンと佇(たたず)む一軒のレストランを見つけた。

看板にはモノトーンで「1833」の文字。そして下に小さく、「創作中華料理 PRIVATE KITCHEN」と添えられている。んっ、中華!?

看板の下には、2冊の古ぼけた本が、まるで聖書のように置かれていた。どちらも手垢にまみれ、ようやく書名が読み取れる。左側の本が『満州の旅 1982ハルピン』、右側のは『写真集ハルピンの詩』。んんっ、ハルビン!?

<全市の天空に、特異な屋根をそばだたせていたギリシャ正教会やイスラム寺院・キリスト教会堂などは、ほとんど屋根は破れ、尖塔は失われ、見る影もなく荒廃に瀕している。また破壊除去された家屋の跡には、赤煉瓦四、五階建ての新築がびっしりと建てられ、それらの建設は、いまもなおつづいているのである……>(北小路健著『満州の旅 1982ハルピン』国書刊行会、1982年)

<凍った街の陽だまりに、ほこりの輪を画く‘‘つむじ風‘‘は 昔になじんだ春の風。夏の夕べのあかね色 にび色の空に舞う粉雪もみんな友だち。四季のめぐりの絶えない限り 私のハルピンは消えません……>(小畑典也著『写真集ハルピンの詩』原書房、1984年)

2冊の本をペラペラと捲(めく)っているうちに、かつて訪れたハルビンの思い出が、走馬灯のように甦ってきた。そういえば、やはりまだ薄ら寒さが残る初春の時期だった――。

ハルビンは「東方のモスクワ」

中国最北の黒竜江省の省都・ハルビンは、漢字では「哈爾浜」(ハーアルビン)と書く。明らかに外来語である。

その語源は、いまだ論争の的になっている。満州語の「白鳥」「魚取り網」「鎖骨」「扇」、モンゴル語の「平地」、ツングース語もしくは満州語の「舟渡場」、女真語の「名誉」、ロシア語の「大墳墓」、古代の統治者の名前……。

市名はともかくとして、玄関口であるハルビン太平国際空港に降り立ち、見渡す限りの平原の道を往き、930万都市の中心部に分け入っていくと、恍惚(こうこつ)とした気分がしてくる。ここはロシアではないのか?

そう、「東方のモスクワ」というニックネームが、この町に一番ピッタリくる。街はロシア風建築に満ち溢れているからだ。

清朝末期に、ハルビンは帝政ロシアの租借地となった。そして、人も住まない広大な平原に、1898年にロシアが東支鉄道の駅の建設に着手したことから、ハルビンの歴史は始まった。

1917年にボルシェビキ(ソ連共産党)がロシア革命を起こし、ツアーリ(皇帝)ニコライ2世一家を始め、貴族階級が次々に処刑されていった。恐れおののいた富裕層は、広大なユーラシア大陸を、東へ東へと逃げた。その成れの果てが、ハルビンだった。

こうした経緯から、ハルビンには、旧き良きロシアの貴族文化が、通奏低音のように息づいている。以後、日中戦争や国共内戦、文化大革命など、幾度も激震に見舞われたが、ハルビンのロシア風文化は何とか生き抜いた――。

大平原を連想させる刀削麺

ハルビンでは、寒空の中で毎晩、ロシア料理を食べ歩いた。それらは玉石混交で、ロシア革命直後にオープンした店もあり、「日本から来た物書きです」と言ったら、サイン帳に署名させられた。

中には、ロシア料理だか中華料理だか分からないものを出している店もあった。それでも店の雰囲気はロシア風で、チャイコフスキーの音楽と、美味なるワイン、そして「花茶」(ジャスミンティ)があった。そもそもロシアではないのだから、それでよいのだ。

「1833」の片隅の席で、そんな空想に耽(ふけ)っていたら、ランチの蒸し鶏の刀削麺(1100円)が供された。厨師(コック)はハルビン人だという。あの大平原を思わせる素朴な味付けだった。

数日後、やはり薄ら寒い夜に、「1833」を再訪した。大阪から、私と同じ中国留学組の知人が、出張で上京。この店の話をしたら、ぜひ行こうということになったのだ。

皮はサクサク、肉はホクホク

モノトーンの扉を開けると、左手の壁にはハルビンの風景。そして、決して広くない店内は、カウンター席も含めて満席。前回のランチの時も同様だったが、全員が日本人客だった。

各テーブルは、主にワインと料理で盛り上がっている。まさにハルビンの夜のロシア料理店の光景だ。

ハルビン人の女性店員から渡されたメニューには、ワインリストが挟まっていた。中華料理店にしては、なかなかのセンスだ。その中から、2021年の「GAVI」を選び、とりあえず冷菜の「冷やしトマト」(550円)を頼む。

GAVIは、イタリア北部ピエモンテ州を代表する白ワインの一つである。北京駐在員時代、同じく北京駐在の欧米人たちとの会食時に、チェーン店の「安妮意大利餐庁」(Annie's Italian Restaurant)で、よく飲んでいた。ミネラル感と酸味が効いた逸品で、魚にも肉にも合う。

ほっ、やって来た! まるでハルビンの平原とロシア風ドームを表現しているかのような、存在感のある「冷やしトマト」。

続いて、「ハルビン伝統酢豚」(1860円)が登場。皮はサクサク、肉はホクホク。やはり素朴な味付けだ。

向かいに座った中華通の大阪人が、「旨い、旨い」と酢豚をパクつく。彼との話題は先ほどから、「なぜ中国人観光客は大阪を愛するか?」に移っていた。

中国で、日本に旅行して帰ってきた中国人に、「どこがよかったですか?」「また行きたいところはどこですか?」というアンケートを取ると、トップになるのは決まって大阪だ。「街の雰囲気が庶民的で好き」「食べ物が安くておいしい」「人々が気さくで人情味溢れている」……。

酸菜が詰まったアツアツ鍋

ちなみに、大阪府のホームページにはこんな記述があるから、いにしえから中国との縁が深かったのだ。

<7世紀には、日本最初の中国の都にならった都城が大阪に置かれました>

その大阪人が、四川風よだれ鶏(850円)を注文する。ハルビンは前述のように、中国最北の黒竜江省なのに、なぜに四川風?

それは昨今、あらゆる中華料理の世界で「四川風」が席巻しているからだ。「九〇後」(ジウリンホウ 1990年代生まれ)や「〇〇後」(リンリンホウ 2000年代生まれ)の若者たちは、激辛の味に目がないのだ。

だが供された料理は、激辛ではなく甘辛だった。やはりハルビン式の素朴なよだれ鶏だ。

続いて、「ラム肉と長ネギのクミン炒め」(2100円)。こちらは完全なハルビン式で、やはりラム肉が柔らかく仕上がっている。そして、独特のクミンの香り。

いよいよメインの「ハルビン特製豚バラ肉と酸菜の土鍋」(1480円)の登場である。

酸菜(スアンツァイ)は、冬の東北料理に欠かせない漬物だ。東北の長く厳しい冬の到来を前に、白菜を甕(かめ)に漬けて、自然発酵させて鍋料理にして食する。汁を適度に吸収する豚バラ肉との相性は抜群だ。

店を仕切っている長身の中年女性がいて、おそらく「老板娘」(ラオバニャン

女性経営者)と思われた。そこで、客が減って一段落した時間を見計らって、中国語で一つ質問してみた。

日本人に分かってもらいたい中華

「店名的『1833』是什麽意思? 1833年在哈爾浜発生了什麽?」(店名の「1833」とはどういう意味ですか? 1833年にハルビンで何が起こったのですか?)

すると彼女は、呵々大笑して、中国語で答えた。

「『1』は、ナンバー1になりたいという願望。『8』は、私たち中国人が好きな『発財』(ファーツァイ)を示す数字。そして『33』(サンサン)は、私の名前『珊珊』(シャンシャン)から取ったのよ」

あら、なんだ。私の方が笑ってしまった。たしかに前述のように、1833年のハルビンは、無人の平原だ。

ついでにもう一つ、訊いてみた。

「なぜ『ガチ中華』の中心地である池袋でなく、山手線で2駅行ったここ巣鴨に店を構えたんですか?」

李珊珊「老板娘」は、今度は真剣な表情になって答えた。

「池袋の店は、中国人客が多いでしょう。どうして日本で店を開くのに、日本人のお客さんに食べてもらおうとしないの? ウチの客は、95%が日本人よ。日本人のお客さんにも、私の故郷であるハルビンの料理のおいしさは、十分わかってもらえます。

ただ、店の内装からひと皿に至るまで、日本人に『きれいだ』と言ってもらえるほど清潔にしたり、日本人女性が気にならないニンニクの味付けにしたりということは注意しているわ。ワインにもこだわっているわよ」

たしかに、池袋が「ガチ中華」の首都・北京だとしたら、北方の巣鴨はハルビンのようなものだ。「ガチ中華」にも、いろんなスタイルがあっていい。

「10年近く巣鴨でやって来て、コロナ禍にも耐えて、自信がついたわ。それで昨年、近くに2店目をオープンさせたの。店名は『2833』。私は引き続き、この地でやっていくわ」

1833

東京都豊島区巣鴨1−27−12

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