文/一志治夫
圧倒的な暗さと閉鎖性と土着性が生みだす料理
佐々木要太郎さんのつくる料理もまた、唯一無二だ。大地を耕し、木々に触れ、微生物の助けを借りて料理をつくるという独自の世界。それは、岩手県遠野という「圧倒的な暗さと閉鎖性と土着性」が生みだす料理と言ってもいい。そして、もちろん、発酵が最大のスパイスとして用いられる。
発酵のベースとされるのが腐れ飯だ。腐れ飯は、水の中に生米を長時間浸して、菌を繁殖させたもの。いわば雑菌だが、佐々木さんは、「雑菌と呼ぶのもかわいそうなので『優良ではない菌』」と言う。これに熱を加えて蒸すと、白い米が真っ赤に変わる。その変化が風味を生むのだという。佐々木さんは、この腐れ飯を使ってさまざまな食材を発酵させていく。発酵のベースとなる米だ。
たとえば、「野菜の熟ずし」もそのひとつ。キャベツや大根などの野菜を混ぜて寝かせて発酵させたもので、1年間干した大根の葉っぱを蓋に使う。これが発酵を促す。
「腐れ飯がスターターの要ですが、大根の葉だけでなく、落ち葉もまた種になりますし、そういう菌をスパイス代わりに使うというのが私のやり方です。落ち葉を野菜の上に敷き詰めると、落ち葉に付いている菌が繁殖して、あっという間にカビが出るのですがそのカビで蓋をつくってあげる。こうやって腐れ飯でつくった熟ずしには、肉や魚も漬け込みます」
もはや、佐々木さんにしか展開できない独特の発酵の世界としか言いようがない。
「とおの屋 要」のスペシャリテはいくつかあるが、そんな中で、佐々木さんらしい皿と言えば、やはり「納豆のスフォルマート」になる。もちろん、ここ以外では食べられない。
納豆のスフォルマートで使われる食材は、納豆、生卵、大根の味噌漬け、ネギ、梅肉。そして、皿のまわりに散らす青のり。
「実は、この食材は、大根の味噌漬けを除けば、すべて私が小学校のときに好きだった納豆の食べ方。納豆に生卵とネギと梅干しを混ぜて、それを海苔で巻いて食べる。おばあちゃんが毎日のようにつくってくれた一品でした」
納豆が苦手な人でも思わず一気に食べてしまうほどバランスのとれた一皿は、まさに佐々木さんの真骨頂。会心の一作で、ほぼ「とおの屋 要」では通年出される料理である。 こうした佐々木さんの料理のスピリットは、やはり、田んぼから生まれている。
「自分は生産者であって、お米をつくる過程が身体に染みこんでいる。無農薬無肥料で田植えをして、実って、収穫するまでの大変さ。簡単ではない私たちのどぶろくの造り方。好きなことをやっているけれども、そこには苦しみもともないます。そんな場所に立って食材を見たときに、ものすごい尊いものに映るんです。その特殊な視点から食材を見て、料理をするから、出てくるものはまったく違うストーリーを抱えたものになるのでしょう」
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『遠野キュイジーヌ 土から考える「とおの屋 要」の米づくり、どぶろく醸造、発酵料理』(佐々木要太郎 著)
小学館
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