毎日の食事を大切にしたいけれど、仕事に家事に忙しい-。そんな人に、「何もしない料理でいい」と伝えてくれるのが、料理研究家の土井善晴さんだ。著書『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)では、普段の料理においしさばかりを求めず、むしろ味つけへのこだわりを手放し、好きに調理していいと提案する。背景にあるのは素材を生かす和食文化への敬意と、家庭料理への危機感だ。
食事作りのストレスから解放
土井さんは、「料理とは何か」「人間はなぜ料理をするのか」まで考える「食事学」や「料理学」を指導する料理研究家。家庭料理を研究した末にたどり着いたのが、ベストセラーとなった『一汁一菜でよいという提案』(平成28年)だった。普段の食事はごはんとみそ汁、漬物で十分と説き、多くの人を食事作りの負担感から解放した。
それから7年を経て出版された本書は、ミシマ社の雑誌「ちゃぶ台」に掲載されたエッセーをまとめたもの。和食の文化の根底にある、「素材を生かす」という考えを起点に、自由に思考の翼を広げていく。
外食だけでなく家庭料理までもが「おいしさ」に支配されることの危機感を記し、「料理」という切り口から人間らしさにまで踏み込んで、日本人についても考える。
快楽的おいしい至上主義
「味つけはせんでええ」というタイトルに込められたのは、「何もしなことを最善とする」という和食の精神だ。
「みんなこのごろ、料理とは味つけをすることだと考えています。でも、和食の重要なポイントは、味つけの前の下ごしらえ。人為的においしくするためではなくて、食べられるようにする範囲のことでよいんです」と話す。
南北に長い日本列島は、自然が育んだ豊かな食材に恵まれてきた。「日本料理ってほとんど、名前がないんです。古い文献を見ても、献立には食材しか書いていない。食材というのはその季節に土地にあるもの、それだけなんです。ゆでたり、焼いたりして、うまく並べているだけ。最後に塩やしょうゆやみそをつけるかくらいでしたよ。おいしいものは素材の中にある」と説明する。
素材をそのまま味わうことで、自然や地球を感じ、感性を養ってきたのが日本人だったと指摘するが、「たとえば初なりのものは、『りんごの季節になったね』と思うだけでいいんです。でも今は、おいしいと喜べる範囲が狭くなっている。盛りの時期、頂点のおいしさだけ。快楽的おいしい至上主義になっている。それが感受性をストップさせてしまうんです」と警鐘を鳴らす。
今では、外食も家庭料理も「おいしさ」が重視されるようになった。
「意図的においしくするのは西洋的な文化。戦後、カロリーの高いものがおいしいという西洋の食文化が入ってきて、日本人が日本の食文化を否定してしまった。『すごい』料理を作ることが、私たちの食文化や健康を作るわけではありません」
土井さんが子供のころ、味つけは作り手ではなく「食べる人」に委ねられていた。しかし最近は作り手が味つけにこだわるあまり、「(外食で)しょうゆをくださいと言うこともためらわれる時代じゃないですか。気にしなくていいんですよ。若い子とお年寄り、子供では運動量も違うし、必要な塩分も違って当たり前ですから」。
料理をもっと自由に
SNS(交流サイト)にはレストランのように、きれいに盛り付けられた家庭料理が並ぶ。食事は毎日のことなのに味つけに献立と、料理するハードルは高くなっている。
「やらなくてもいいものをやっている。料理に失敗って本当はないんです」とも話す。
例えば、ハンバーグ。
「崩れを防ぐ調理方法がいっぱいあるけれど、日本料理は見た目が崩れたり、ちょっと皮がめくれたりしても別に気にしなくていい」
加えて一汁一菜なら、献立を考える必要がない。さらに味つけを食べる人に委ねれば、料理する人の負担は軽くなる。プロのように作る必要はないのだ。「自由にやったらいいんです。ただ、料理は命に関わることですから、手を洗うとかちゃんと火を入れるとか、食べられるようにする範囲のことを、ちゃんとやればいい」
家庭料理は生活の基盤
土井さんが日々の料理を大切にするのは、家庭料理が生活の基盤であり、生きることにつながるという考えからだ。
「料理をすることは子供や家族の居場所を作ること。家に帰ってきて食事が用意されていること。それは『無条件でそこにいていいよ』という安心につながります」。「料理して食べる」ことが、生活のリズムを整えるのだ。
本来はなくてもいい「味つけ」へのこだわりを手放せば、自然を感じ、考え、気づくという「クリエーション」としての料理に立ち返ることができるという。
「他人の作ったレシピ通りに作るのは自分の感性を使っていない。料理をすることは難しい技術や知識を持つことではないんです。単純なことを繰り返し、そこに自分たちの確かな生き方があります」
「食」を手がかりに、料理研究家から見た世界を感じられる1冊だ。(油原聡子)
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土井善晴
どい・よしはる 昭和32年大阪府生まれ。スイス、フランスでフランス料理を、大阪で日本料理を修行。平成28年に著した『一汁一菜でよいという提案』がベストセラーに。
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