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「現地では食べない」甘いバターチキンカレー、チーズナン、あんこ入りナンまで…日本限定「インド料理」の店が激増した理由 - 文春オンライン

『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(室橋裕和 著)集英社新書

 まずはカレーと別な話から始める。日本では数年前から、中国大陸出身者たちが本場の味を提供する中華料理店「ガチ中華」がブームである。

 ただし、私は中華料理店については、日本式の町中華と本気のガチ中華の中間に「パチ中華」というジャンルがあると考えている。

 これは地方の国道沿いに多い、コンビニの居抜き物件などで営業する中華料理店だ。店主や従業員はすべて中国東北部(旧満洲)の出身者だが、なぜか「台湾料理」を掲げ、天津飯や名古屋式の激辛台湾ラーメンなど、中国でも台湾でも食べない町中華に近いメニューを出す。味はピンキリで、それなりの店から、どうしようもなくまずい店もある――。

 本書が描く日本の格安外国人カレー店の性質は、このパチ中華と極めて近い。ネパール人店主たちは、日本で知名度が高いインド料理を看板に掲げつつ、インドでもネパールでも現地では食べないような、粘度が高く甘みが強いバターチキンカレーが中心のメニューを出す。

 ナンはやたらに巨大で、やはり現地では見かけないハニーナンやチーズナン、果ては「あんこ入りナン」まである。価格は格安で、セットは1000円を切り、ときにはワンコイン。ファストフード店と競合する水準だ。

 この日本限定の「インド料理」は、本場の料理を好む日本人からは「インネパ」と呼ばれ、やや軽く扱われる。だが、一説に店舗の数は全国で4000~5000軒もあるという。

 フランチャイズ展開をしているわけでもないのに、どの店も似たようなメニューと価格、チラシばかりなのは、先行者を真似れば安全だという単純な理由からきている。無難な店のほうが経営が安定し、在留資格が認められやすい(と信じられている)こともある。

 インネパ店の激増の契機は、2000年代前半の規制緩和で外国人の経営・管理ビザの取得が容易になったことだ。やがて、日本での就労をエサに出稼ぎ労働者の出国前に多額の金銭を徴収したり、低賃金で搾取したりといった「同胞を食う」ネパール人店主も登場するようになった。ブローカーが暗躍するあたりは、ベトナム人の技能実習生問題ともよく似た構図がある。

 妻子を日本に呼び寄せたネパール人コックが子どもの教育に無関心で、2世がドロップアウトして不良化するという、往年の中国残留孤児2世や出稼ぎ中国人の2世とも共通する問題も起きている。

 現在、ネパール人は在日外国人の国籍別人数の6位を占めるが、「インネパ」の店舗数に比して、実態は可視化されにくい。だが、彼らのビジネスや直面する社会問題は、先達の中国人やベトナム人と通じるところもある。

 単なる「カレー本」としてのみならず、異文化理解の扉として読める一冊だ。

むろはしひろかず/1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイ及び周辺国を取材。帰国後はアジア専門のジャーナリストとして活動。著書に『ルポ新大久保』『北関東の異界 エスニック国道354号線』『ルポ コロナ禍の移民たち』など。
 

やすだみねとし/1982年生まれ。紀実作家。『戦狼中国の対日工作』『北関東「移民」アンダーグラウンド』など著書多数。

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